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Island Yossy ブログ バリ島のことや日々の覚え書き - 2008年08月26日

バリ島 グスティ・ングラライ

グスティ・ングラライ Gusti Ngurah Rai さんといえば
5万ルピア紙幣にもなっているインドネシア独立の礎ともなったバリ島の英雄
これまで何度かブログでも書いてきたけれど
間違った認識もあったので改めてウンチク?を書かさせていただきます


ングラライさんの5万ルピア紙幣

マルコ・ポーロが1292年にインドネシアに立ち寄ったとされているが
歴史に残されているバリ島へ初めて上陸したのはオランダ人らしい 1597年
それから貿易がはじまるわけだが (まあいろいろあって 他のアジア諸国などと同様に)
1900年に入り オランダの植民地となる


その後 第二次世界大戦が始まり 日本軍がバリ島・サヌールに侵攻したのが1942年
ちなみに この時 日本軍司令部が置かれていたのは
デンパサールとバリ島北端にあるシガラジャ (シンガラジャと呼ぶ人もいる)
シガラジャは現在でもデンパサールに次ぐバリ島第2の都市だけれど
観光にはほとんど無縁 貿易港としての役目を担っている


第二次世界大戦終結の1945年 日本は撤退するわけだが
(日本の降伏から数日後にスカルノによるインドネシア独立宣言があったにもかかわらず)
ここで 再び植民地支配を狙うオランダが乗りこんでくる訳だ
そこで登場するのがインドネシア独立人民治安軍の将軍でもあった グスティ・ングラライ
1946年のマルガの戦い (マルガとは空港近くバドゥン県にある地名)で
ププタン(玉砕)し 国家の英雄となる


ププタン Puputan とは バリ語で「玉砕、終わり」を意味する
19世紀末のオランダによるバリ島侵攻時に 当時の王国の王子を先頭に
(彼らは自らの宮殿を焼き 儀式用の装飾品を身にまとい戦いに臨んだそうな)
降伏よりも名誉ある自決を選び 自殺行為となる戦いを選択 これをププタンという
デンパサール市内に記念碑のあるププタン広場があるが これは この時のププタンを称えたもの


グスティ Gusti とはカースト制度の敬称のこと
バリ島ではカースト制度自体があまり重要視されなくなっているらしく
詳しく説明しているサイトや本もない (私が知らないだけかもしれないけれど)
しかし「グスティ、イダ、デワ」 といった敬称は今でもよく耳にすることがある
ウブド王族の末裔 (ウブド王宮の主人、ピタ・マハなどいくつもホテルも持っている)や
アラック(ヤシの実から造るお酒) やハッテン・ワインのオーナー達も
(まあ当然といえば当然なんだろうけど) これらカースト制度の敬称を持っています
もし これらの敬称を持ったバリの人とお知り合いになったら
「由緒あるお家柄の人なのだな」 と思ってください


長くなってしまったけれど
国の英雄 グスティ・ングラライ は空港の名前になっているし道路の名前にもなっている
もしあなたがバリ島リピーターで同行する(彼女か彼氏が)初バリだったとしたら
デンパサール空港を出発して送迎の車に揺られながら東に5分くらい進めば
三差路にぶつかり その南北に走る道路は 「バイパス・ングラライ」で
正面にはングラライさんの銅像も建っている
空港を出発した頃から
「デンパサール空港のデンパサールはバリ島の都市の名前でね
正式名称は ングラライ空港で これは人の名前で オランダから...」
って話をしていると ちょうど5分くらいで銅像とバイパス・ングラライあたりにくるので
「この道にも彼の名前が付いているし 正面には彼の銅像が...」
と続けると いかにもリピーターらしくって いいんじゃないですかね


ちなみに 日本人ってあまり敬称を大事にしないところがあるかな?
「ブッシュが」とか「福田が」とか 平気で呼び捨てにしちゃうところがある
日本人同士で話するには別段かまわないと思うけれど
送迎の車にインドネシア人ガイドさんがいたりする場合は
グスティ・ングラライ、ジェネラル(将軍)ングラライ
ミスターとかでもいいから 必ず敬称を付けて 名前を呼んだ方がいいですね
彼らにすれば 一国の大統領や国の英雄を呼び捨てにされるのは悲しいことですから...

バリ島 グスティ・ングラライ

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